待
ち
に
待
っ
た
の
だ
か
ら
ラララララ
歌が聞こえる。歓びの歌が。
ラララララ
歌が聞こえる。別れの歌が。
その日セドリックは、一人だった。と言うのも、いつも一緒につるんでいるダニエルが、意中の相手を仕留めようと一人でほいほいと出かけてしまったからだ。空は相変わらずセドリックの手など届くはずも無いほど高くて、風はその手に掴めるはずも無く、変わらぬ涼しい空気に頬を晒す。そんな日の出来事だった。
セドリックは、一人で東の塔へと来ていた。ホグワーツには、学舎と寮の他にも色々な建物が存在する。その中の一つが、ホグワーツ校舎を囲むように聳え立っている4つの塔。東の塔、西の塔、南の塔、北の塔―――と振り分けられるソレは、ホグワーツ創始者、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、ゴドリック・グリフィンドール、サラザール・スリザリンが暮らしていたという伝承が残っていた。
この塔の頂には、巨大な鐘が付いている。その鐘は授業の始まりや終わり、就寝の時間等ホグワーツで時を制する役目を担っている。ゴォウンゴォウンという、どこか現代では聴きなれない鐘の音は、今のホグワーツの生活には欠かせないものになっていた。
各寮生は、自寮以外のテリトリーとして、偶にこの塔を利用する。校舎や寮から随分と歩いたところにあり、しかもここには埃以外何も無い為、利用者は年々減っているようだが、確かのその塔は各寮のシンボルとしてそこに存在する。
塔には人が暮らしていたのか疑わしくなるほど、何も無い。アーチ上の門から塔の中に体をすり込ませると、そこには巨大な螺旋階段以外何も在りはしない。円状の床を歩いてみても、何処にも変なところは見当たらない。唯、螺旋階段を上るしかない。レンガで出来たソレを一歩一歩踏みしめる。千年も昔の空気を吸っているようで、何処か落ち着く。本当に何も無い塔なのに、彼らはここで生活していたのかと、妙な確信が生まれてくる。なぜだかはわからないが、彼らは確かにここで生活していたような、そんな気がするのだ。
セドリックは今、東の塔の階段を一人で黙々と歩いていた。ヘルガ・ハッフルパフが生前使っていた塔をしげしげと見つめる。触れてみても、そこには千年前の温もりは無い。人々に忘れ去られ、唯時間を刻むだけの塔には、何処か人を寄せ付けない空気があった。それは偉大な先人の所有地としての風貌なのかはわからないが、ここに近寄るには結構な勇気が必要である。わかりやすく言えば、夜中魔法も使わずロウソク一本だけで魔法薬学の実験室に潜り込めというようなものである。
そんな場所にセドリックは、やってきていた。どれほど不遜な行為か、セドリック自身はよくわかっていない。元々、グリフィンドールに入るものとして家から教育を受けてきていた為か、4年生のセドリックにはハッフルパフに対する固執や愛着があまり無かった。(何しろ、入学して初めて親に送った手紙に『ハッフルパフになった』と書いただけで、一週間毎日『ホグワーツを止めて他の学校へ行こう』とふくろう便がやってきたのだ。)セドリック自身は拒絶こそしなかったが、そこには雁字搦めだった今までの自分の生活には無い、何かがあるような気がした。多少の怯臆も含まれていたが、セドリックはすぐに新しい環境に慣れる事が出来た。4年生の今では、ハッフルパフで良かったと、偶に思うこともある。そこそこ仲の良い友達も出来たし、勉強も出来ないわけじゃない。同室のメンバーに不満も無いし、クィディッチと言う新しい自分を見つけることも出来た。
セドリックは、ほの暗くなってきた視界を掴もうと目を細める。闇に慣れてきた瞳で、どんどんと階段を上っていく。どのくらい上っただろうか。螺旋階段を登りきり、塔の天辺に辿り着いた。大きな大きな鐘が存在するそこまで辿り着くほど歩く生徒は、正直奇特と言えよう。まず、そこまで歩いて渡る者はいない。ホグワーツには、箒があるのだから。
セドリックは、他称される爽やか少年らしくふぅと息をついて膝を折り曲げた。塔の天辺に幾度と無く上ったことのあるセドリックだが、階段を上ってきたときの景色が一番綺麗に見える。灰色の雲も、この塔の上からは何処か銀色に輝いてる風に見えたし、森や泉はキラキラと光を放っていた。これはきっと、創始者の魔法なのだと、そう思う。
やがて、その体をごろんと寝転ばせ、セドリックは仰向けになった。目線の先には、大きな鐘。鐘の中心部分は、深く遠くて、真っ黒だ。あまりに大きなソレは、自身の中心部を見せてはくれなかった。
すっと目を閉じる。この神秘的な世界の一部になれるといいな、そんな淡い期待を抱きながら。
次に目を開いた瞬間、そこにはセドリックの知らない世界の一部がいた。
「こ、こんにちわ。」
誰だろう、そう思ったけど、セドリックは反射的に挨拶を返した。こんにちわ。
自分が返事をしたことに対してか、少女はまるで幽霊でも見たかのように目をまん丸にして驚いている。驚きたいのはこちらだ。ちなみに言えば、幽霊を見ているのもこちらだ。
ワタワタしだした目の前の少女は、確かに幽霊だった。半透明の浮遊している体、透けている風景、そして立つことの出来ない足。セドリックは、内心しまったなぁとため息を零す。生の無いものに関わることが、セドリックはあまり好きではない。どうして潔く死ねないのだろうという、微かな苛立ちと、そこに含まれる非常に自分を落ち込ませる悲しい出来事を知りたくないからだ。
「あ、の。質問しても―――?」
変な幽霊だ。そう思ったが、顔には出さない。
「どうかしました?」
なるべく相手を安心させるように、笑顔を零す。その笑顔に、更に幽霊は顔を引きつらせた。まん丸に目を見開いて、にこりと笑い返す。そんなに驚くなら笑い返さなくても良いのに、セドリックは知らない内に本当に笑っていた。
「貴方のお名前は?」
「セドリック・ディゴリー」
質問の答えは、すんなりとセドリックの口から出てきた。
「わ、わぁお…。」
何がわぁおなのだろう。セドリックはおかしくて、また笑った。
「君は?」
自分でも予想していなかった自分の答えに、セドリックは驚く。しかし、少女は更に更に驚いたようだ。もうこれ以上見開けない!それほど彼女は目を見開いていた。
「は、はいっ、えーとと申します。」
「名前を聞いてもいいかな?」
「、と、言います…。」
、その名前を何気なくセドリックは口の中で転がした。その拍子に、驚きに見開いていた少女の瞳が潤み、心底苦しそうに俯いた。名前を呼ばれることが、嫌なのだろうか。セドリックは先ほどの軽率な自分の行為を恥じて、なるだけ少女を怖がらせないように優しく囁いた。
「ミス・、よろしく。」
何故よろしく、などという言葉が出てきたのか、セドリックには本当に不思議で仕方なかった。幽霊に関わるのは嫌いだと、自分が思っていたのに、何故こんなにもするりとこの言葉が出てきたのか、セドリックにはわからなかった。
「は、はい。よろしくお願いします」
セドリックが差し出した手を、少女が握り返そうとして体を固めた。
セドリックは、自分の取った行動を、これ以上無いほどに悔やんだ。彼女は、幽霊なのだ。手など差し出しても、握り返せるはずが無いのに。そうそして、それにショックを受けたはまた泣きそうに顔を歪めている。自分の体を見て、半透明な向こうの世界を見て、小さくため息を吐く。
「あたし、死んでるんですね。」
え、まずそこからなの?セドリックはちょっと驚いた。
***
「あたしもよくわかってないんです。ただ、気づいたらここにいて。」
セドリックのよく見慣れている制服を着た少女は、悲しそうに俯いた。挙動不審に、きょろきょろと視線を動かしては、ずっと自分の指を弄んでいる。何故こうも落ち着きが無いのか、セドリックは少し笑う。
「君、昔からそうだったの?」
『生前もそうだったの』と聞きそうになり、慌てて言葉を捜した。それでも、失礼なことを聞いただろうかと不安になったセドリックに反し、少女は恥ずかしそうに笑いながら視線を逸らす。
「多分、せ…んぱいにも、よく言われてましたから。『少し落ち着こうよ』って。」
「先輩って恋人?」
「…世間一般的には、きっとそうだった人です。」
微かにだが、幸せそうには微笑む。その笑顔が何となく嫌で、先ほどみたいに泣かせたい気分になる。でももう、その彼の元へは行けないね。そう言えば、彼女は泣くだろうか。そんな自分に心底驚いて、セドリックは慌てて自分の中の醜い自分をかき消した。
「『だった人』?」
「だってもう、あたしは幽霊じゃないですか。」
死んじゃったら、どうにもならないですよね。彼女は苦しそうに笑った。
「死んだら、天国にいけると、思ってたんだけどなー」
悔しそうに。苦しそうに、愛しそうに。彼女は天を見上げた。強く鋭い眼光は、揺らぐことは無い。
「もしかして、自殺者?」
何となくそんな気がして、セドリックは聞いた。死者に対してだからか、セドリックは酷く自分が不躾で礼儀の無い男のように感じる。どうして彼女に、こんなに心を動かされて、冷静で穏やかな自分でいれないのか、不思議すぎてアリスも逃げてしまうぐらい、不思議。
「そうです。薬飲んで、どろんって逝きたかったんですが。」
「そんな簡単なものじゃないでしょう。」
「…そんな、簡単なものじゃなかったんですよね。」
「うん?」
「うん。」
は自己解決して、うんうんと何度も頷いた。しばらく、一人にするべきなのだろうか。セドリックは迷った末に、何も言葉を発しないに不安を残しながらも、立ち上がろうと床に手を着いた。
体を動かした瞬間、が大慌てでセドリックを見た。思えば、初めて視線があったかもしれない。彼女の瞳は、薄いブラウンだった。縋るような目で、必死にセドリックに哀願する。
「何処に、行くんですか?」
一人で取り残されるのが不安だったのだろうか、は絶望したような瞳で、セドリックに語りかけた。
「何処に―――」
今まで無いほど哀しそうに、混乱し、はセドリックから視線を逸らした。
一人にしようなどと、思ったことがそもそもの間違いだったのだ。自分はここで彼女を一人にし、静かに考える時間を与える人物ではなく、彼女の肩を抱いてそっと抱きしめて、慰める人物であったのだ。自分のミスに、苦しくなる。心臓が、とても痛い。彼女を泣かせたんだと思うと、先ほど心の中から追いやった自分のことなど忘れたように、ただ心臓が痛かった。
「何処にも行かないよ、大丈夫。少し、座りなおそうとしただけなんだ」
苦し紛れに言い訳をすると、はそれで騙されてしまった。申し訳なさそうに顔を真っ赤にして、あたふたと謝り始める。そして、にこりとセドリックに向かって微笑んだ。セドリックは、愛しくなった。他の誰かを愛している彼女を、心から愛しいと思った。
「セドリックさんはよくここにいらっしゃるんですか?」
セドリック、とあまりにも自然に呼ばれたことに驚いて、一瞬固まる。呼ばれるのなら、ディゴリーのほうだとばかり思っていたからか、それとも、きっと彼女は自分を呼ぶことは無いと思っていたからか。セドリックはぐるぐると頭の中で回る疑問を、一掃した。深く考えるのは止める事にしたのだ。考える時間があれば、彼女と一言でも多く言葉を交わしたい気分だった。
「うん、けっこう。」
「歩いて、ですか?」
「そうだよ、よくわかったね。」
「だって汗かいてますもん」
「ほんと?恥ずかしいな。」
「素敵ですよ」
素敵ですよ、そう言った彼女に、心臓が止まる。笑顔に、時間が凍りつく。永遠にこの笑顔を見ていたいと、そう思う。
「君はどうしてここに来たの?」
これ以上、彼女に引っ掻き回されては、堪らない気がした。愛しいと思うのに、自分はどこかでソレを拒絶していた。そう、わかっている。彼女に対する気持ちを認めてはならないということ。彼女の心は既に他の男のところに置いてきてしまっているし、何より、彼女の生は途切れている。好いてはならぬ人間なのだ。
「どうしてでしょう。ここに、思い出があったのかも。」
「こんな辺鄙なところに?」
「こんな辺鄙なところに、です。」
「そりゃまた。奇特なお人なことで。」
「奇特仲間ですね!」
「響きだけだと、危篤仲間、と呼べないことも。」
「…縁起でもない。」
「あはは、ごめん、もう危篤は過ぎてたね。」
「うっわぁ!すっごいすっごいすっごい失礼ですよ!」
「―――…すっごいすっごいすっごい失礼だったかも。」
「あ、や、そんな真剣にならなくても大丈夫ですよ!ほらあたしあのけっこう幽霊楽しんでますし!」
「あはは、幽霊楽しむって。」
「結構楽しいですよ。箒無くても浮けるし、セドリックさんとか羨ましいんじゃないです?」
「何で僕?」
「え、クィディッチする時に、こっちの方が自由に両手使えるじゃないですか。」
「…―――僕、君にクィディッチしてるなんて言ったっけ?」
セドリックは自分でも思いもがけず低い声を出したと思った。当然のように少女は怯え、今までの明るい笑顔が嘘のように、今までの親しい空気がまるで竜巻でも起こり消え去ってしまったかのように、固まりきっている。
セドリックは、ごめんそんなに怯えないで。と優しく彼女に微笑んだ。笑顔の作り方は、ハッフルパフで学んだ一番良いところだと思う。
少女は、少しだけ泣きそうになりながら、同じようにセドリックに微笑んだ。
「へへ、実はあたし、ホグワーツの生徒なんですよ。」
「うん、知ってる。」
「へ?なんで?!」
「制服、同じじゃん?」
「あ、そっか!やっだなー頭いいなー」
「あはは、君が間抜けなだけだよ。」
「ひどい!」
「で?」
「で?」
「うん、続き。」
「あ!そっか、もう話の腰を折らないでください!」
「わー、僕もそういう台詞言ってもらえる日が来るとは思わなかった。」
「うっわぁもぉ誰かこの人そこのテラスから突き落として!」
「そうしたら僕も幽霊になれるかな。」
「えっ、じょ、冗談ですよ!何考えてるんですか!!」
「あはは」
「あははじゃないですよ、も、もぉ…」
「うん、じゃあ、続き。」
「あ、はい。だから、セドリックさんの事知ってるんですよね、実は。」
―――は?
「僕、を?」
「はい、そりゃもう。有名人ですし!」
「なんで?」
「なんで、え、なんでって…。かっこいいし、優しいし、穏やかだし、常に笑顔だし、勉強もスポーツも出来るし、先生にも信頼されてるし、時期監督生とか騒がれてるし、好き嫌い無く何でも食べるし、靴下は長いし、」
「なんか色々要らないの混ざってない?」
「そ、そうですか?」
「っていうかよく知ってるね。僕のファン?」
「へっ…?」
「あはは冗談だよ。固まらないで。」
「や、あはは、あはー…。」
「で、そういうことを知ってるってことは、もしかして、今のホグワーツの子?」
「…はい。」
「んー…僕と、同級生だったりする?」
「あ、いえ、一つ下になります。」
「うん。そっか。でもホグワーツで死者はここ数十年出てないし、君もしかして、病気療養とかでホグワーツ休校してたりする?」
の―――セドリックの親が、散々求めていた赤と黄色のネクタイを見つめながら―――セドリックはそう言った。
は、セドリックの言葉に少し考えるように間を空けると、プルプルと首を横に振る。
「多分あたしは、たった今死んだんだと思います。」
の言葉に、セドリックは勢いよく立ち上がる。
それに怯んだのはの方で、びくりと大きく肩を揺らした。
そんなを尻目に、セドリックは大股で先ほど上った階段を飛び降りていく。二段三段抜かして降りる。もうどうしようもないほど気持ちが急いて、体がぐいぐいと下に吸い寄せられた。
セドリックを追いかけるようにして慌てて飛んできたは、セドリックの後姿に向かって叫ぶ。その間も、セドリックは足を進めている。
「せ、セドリックさん!?」
「今から君の元に行くよ。何処で薬を飲んだの?」
「も、もう手遅れです。なんて言っても、あたしは今、ここにいるんだから。」
そんなことはわかっていた。でも、手遅れなんて言葉で、済ませれる感情じゃない。
「いいから、何処?」
「セドリックさん、キャラ違う…」
「申し訳ないね、君の理想のセドリックと違って。」
「へ?」
「僕のファンだったんでしょ?」
「え、ええ、まぁ…。ですが、その…」
「うん。だから理想ぶち壊してごめんねって事。」
「あたしは、こっちのセドリックさんも、好きでしたよ。」
えへへ、とは笑った。セドリックは急に足を止め、勢いよく後ろを振り返る。目を見開いて、驚いているの顔があった。今すぐ乱暴にかぶり付きたくなる。じゃあどうして、僕のところに来なかったのかと。来てくれたら、こんな結末なんか用意させずに、力いっぱい君を抱きしめて決して死なせたりなんかしなかったのに。二度と離したりなんかしなかったのに。
「ありがとう。で、何処?」
セドリックの言葉に、は困惑する。駄目だといっても聞いてくれないセドリックに、心の底から困じ果てている様子だ。
「どうして、そんなに必死に探そうとしてくれるんですか?まだ、会って一時間もたってない、こんな幽霊のために。」
「人を好きになるのに時間が必要なら、僕が用意してくる。」
セドリックは、じっとを見つめながら言った。
「君のことが好きだから、死なせたくなんて無い。」
セドリックは、キッパリとそう告げた。
彼女が困ることも、他に好きな男がいることも、もうなんでもどうでも良いような気がした。とにかく、彼女を今すぐにでも助け出したい。その想い一身だった。
彼女に自分の気持ちを押し付けたいわけでも、彼女の気持ちを無視したいわけでもないのだ。ただ、今すぐ向かえば、まだ間に合うような気がしてならない。彼女を死なせたくない、笑顔を見ていたい、そして、触れたい。それだけなのだ。
「だから、死んでるんですってば。」
セドリックの言葉に、たっぷり10秒は固まっていたは、困り果てたように笑った。まるで、出来の悪い息子を叱るような笑顔に、セドリックは遣る瀬無い気持ちになった。こんなにも真剣に彼女を好きだと告げた自分に、その笑顔はあんまりじゃないか?
「死者と、生者は、住んでるところが―――」
「だから、君を助けに行くんだよ。お願いだから、教えてくれ。」
「セドリックさん」
「何」
「あたしのこと、好きですか?」
「信じないなら、何度でも言ってあげるよ。君が信じるまで、何度でも言う。君が好きだ。」
「あた、しも、セドリックさんのこと、すごく好きです。」
「…あ、りがとう」
「信じて、待っててくれますか?」
「え?」
「あたし、頑張ります。頑張るから、信じて待っててくれますか?」
「―――うん。」
のよく意味を成しえていない言葉に、力強く、セドリックは頷いた。意味不明だろうと現実不可能だろうと、が待っていろというなら、待っていれるような気がした。
「あたし、好きです。だから、待っててください。必ず、貴方のところに、戻ってきます。」
は涙に濡れた瞳を、手の甲で拭いながら、必死に言葉を紡いだ。薄暗い螺旋階段の中、一歩、また一歩とセドリックはに近づいていく。伸ばした手は、空を切り、彼女の涙を拾うことさえ出来なかった。
「信じて、待ってる。」
抱き寄せるように、そっとの肩に腕を回した。触れることが出来ないソレを、慈しむ様に抱きしめる。温度なんか無いはずのソレは、ほんのりと温かい気がした。
セドリックが瞬きをした拍子に、の姿は消えていた。慌ててあたりをくまなく探したが、そこにはもうの残り香さえ落ちてはいなかった。日が傾くまで探して、そして唇を噛んだ。あれは、人生に嫌気が差した自分の見せた幻だったのだろうかと。
セドリックは今日、自殺をしようとしていた。
本当に、そんなに深い理由は無かったのだ。ただ、友達と思っていた人間に言われた一言がとても苦しくて、衝動的に自殺を図ろうとした。この塔から、死体さえ残らないように、あの大イカのいる湖へ飛び降りようとしていた。
『いつも良い子ちゃんぶってて、本当はみんなを見下してるんだろう?』
苦しいと思った。自分なりに、本気でハッフルパフを愛していたのに、同寮でいてクィディッチのチームメイトの彼にそう言われたことが、とても苦しかった。自分の気持ちも存在も全て否定されたような気がして、もう一瞬だって耐えられないんじゃないかと思って、この塔を上った。
今では、死ぬことを考えていたことさえ、忘れていた。
セドリックは、暗いホグワーツの中庭を、一歩一歩、確かに前に進んでいった。彼女との約束を、果たすために。
***
セドリック・ディゴリー
彼の名前をこのホグワーツで知らない人は、そういないだろう。時の人、ハリー・ポッターと同じほどにホグワーツでは名が通っている。成績優秀、品行方正、容姿端麗、運動神経抜群、彼を表す言葉を捜していても、おおよそ悪口とは結びつかない人間である。
そんな彼は、ここ数週間毎日のようにW東の塔Wへ赴いている。人々はソレを不思議がっていたが、セドリックはその理由を人に話すことは無かった。
あの時、セドリックを一瞬でも絶望に突き落とした友人は、セドリックが夜遅くハッフルパフに帰ってきた瞬間に、みんなの前で土下座した。あんなことを言うつもりは無かったんだと、泣きながら本気で謝罪していた。(後で聞いた話だが、その時彼の彼女が僕のことを好きになったと聞いて、自棄になっていたそうだ。僕としては、その名前も知らない彼女よりも、あんなたった一言で僕を死に向かわせるほどの効力を持つ彼のほうが何倍も大事であったから、その後一緒に内緒で持ち込んでいたバタービールを飲んだ。)
セドリックは、空を見上げる。塔の上から見ない雲は、相変わらず灰色だ。
肌寒くなってきていた為、マフラーを巻きつけていた。カサカサと、木の葉がセドリックの足の下で音を奏でる。
塔への道のりの途中に、ふと何かが聞こえた。瞬間頬が凍りついたセドリックは、大慌てで走り出した。あの時、セドリックが最期にしようと決めていた大イカのいる湖の方へ。
ガサッと音を立てて、セドリックは草木を分けた。まだ幼さの残る少女の歌声が森に響く。勢いで湖に飛び込みそうになって、慌てて体を押しとどめる。その瞬間セドリックの耳に届く、パシャリと言う水音。
「…―――え?」
「見つ、けたっ…!」
セドリックは、湖の中で巨大な大イカと共に戯れていた少女を見て、全身の筋肉が脱力するのを感じた。もう、体を支えることさえ出来そうに無い。
あの時の彼女よりも、少しだけ幼い顔立ち、短い髪、高い声、でも、驚いた顔は、彼女そのものだった。
が、そこにはいた。
「・さん?」
半信半疑で聞いた。そんなわけが無いという気持ちと、そうでなければいけないという気持ちが、複雑に重なり合って自身を主張している。
「は、はい…。」
どちら様ですか?そう尋ねる少女の声に、嬉しくなって、セドリックは声を上げて笑った。
矛盾した世界に、いくつもの不思議が残る。あぁでも、今この瞬間を神に感謝したい。だって僕は君の夢を寝ていないときでさえも見れるほどに、待ちに待ったのだから。
「はじめまして、僕はセドリック・ディゴリーと言います。」
君が好きです。
そう告げると君は、驚きに目を見開き、水の中に倒れそうになった。
End
多分続きもの。いや続かないと絶対意味わからないよねこれ?!すみません。こういう話を書いてたわけじゃ、無いのに、なぁ?いつの間に相手役がセドリックになったのだろう。うーん。しかも初めてセドリック書いてます。難しいね、彼。ところで続編だと思います。わかりやすいようにタイトル表記のところに何か印でも付けておきますね。多分後1・2話あるんじゃないかな?
【eiko : 061211】 05. 待ちに待ったのだから > 38. 愛していると君が言う > 18. 振り返る暇があるならば