振


 返


 
 



 

 な
 ら


  ば




ラララララ

 歌が聞こえる。歓びの歌が。


ラララララ

 歌が聞こえる。別れの歌が。






 世界がどれほど幸せに満ちていようと、はもう二度と笑うことさえ出来ないと思った。

 大量に飲み込んだ、どろりとした液体はの指の先まで静かに浸透していく。 唯一が彼に追いつくことが出来た、魔法薬学をこんな風に使う日が来るなんて、思ってもいなかった。

 締め切った部屋は、過剰な緊張が生んだ不快な空気が満ちていた。飲み干すことに恐怖は無かった。これをすべて体の中に受け入れることがあたしの定めだと知っていたから。鈍く蠢く液体は、喉を圧迫しながら胃へと流れ込む。瞬時にふらつくほどの眠気がを襲った。

 瞼を閉じれば、あたしもセドリックの元にいけるのだと信じて疑わなかった。ぐらりぐらりと、世界が浮遊しているように揺れている。あぁあたし、今から死ぬのね、不安は無かった。そこにセドリックがいると信じていたから。


 真っ暗な部屋はどんどんと白みを帯びていく。閉じた目は、もう二度と開きたくなかった。
 彼の居ない世界なんて、消えてしまえばいいと思った。




***




 ここはどこだろう、天国かしら。

 そんな暢気なことを思えたのは、ここがのよく知る場所だったからだろう。そう、あのW運命の出会いWをに刷り込ませようと、何度も何度も彼に連れて来られた、ハッフルパフが暮らしたという塔。グリフィンドール出身の自分は、その塔に足を踏み入れることさえ怖気づいてしまって、誘われるたびに断った。けど、結局誰にも見つかることが無い真夜中に、彼に箒で塔の天辺まで連れて行ってもらっていた。思い出が、これ以上ないほどに詰まった場所。

 あぁ天国って、こんなにも懐かしい場所だったんだ。は瞳を閉じて息を吸う。半透明の体も、ふわふわと浮いている自分の髪も、何もかも自然に自分のものだと受け入れることが出来た。

 彼は何処に居るんだろう。探さなきゃ。

 ふっと瞼を持ち上げた。は、寂しくて堪らなくなったのだ。彼を追いかけてこんなところまで来たはいいが、彼と出会うまで、あたしは一人なのだと。早く、彼に会って抱きしめてもらって、たくさんのキスをしてもらわなくちゃいけないと思った。


 浮いてる体は自由に動けない。なんとかコツをつかんで、塔を降りようとした時、そこにが求め続けた姿が見えた。
 いや、の求めていた姿より、少し幼い。眩しいほどの輝きは、淡々とした響きに埋もれているようだった。床の上に寝転ぶ少年は、確かに今まで居なかった。が降りようとした瞬間、そこにまるで幻のように浮かび上がってきたのだ。

 張り裂けそうなほど、心臓が叫んだ。

 せどりっくせんぱい?

 呼びそうになって、叫びそうになって、は身を強張らせた。そんなわけがないのだ。そんな事があるわけないのだ。あたしが愛した彼は、後数年、そう、2年ぐらい成長した姿のまま永遠にこの世を旅立ってしまったのだから。

 固まったまま、彼を見つめていると、彼がふっと瞳を開いた。よく見慣れた、グレイの瞳。グレイの瞳。グレイの瞳。涙が、溢れそうになる。

「こ、こんにちわ」
 掠れた声でそう言うと、彼も淡白な音響ながらも返してくれた。こんにちわ、と。

 その声だけが、その仕草だけが、あたしを縛ることが出来る。あたしを痺れさせることが出来る。
 彼が自分の傍から消えて、まだ5日しかたっていなかった。たったの5日、数にしてみれば、まだたったの5日なのだ。それなのにどうだろう。彼が好きだといつも触れていたの髪はところどころ白髪が混じり、いつも笑顔に満ちていた顔はあの世の亡霊のような表情をしている。もう、100年も200年も彼の帰りをひとりで待ち続けた、そんな気分だった。
 生徒たちの間で実しやかに噂されている、ヴォルデモートの脅威だとか世界の破滅だとか、にとってそんな言葉どうでもよかった。彼が自分の傍から消えたその瞬間から、の世界は崩れ落ちてしまったのだから。

 まん丸にして目を見開くに対し、セドリックは不愉快そうに眉をしかめた。どうしてだろう、彼にそんな視線を向けられたことの無いは慌てる。いつだって彼は自愛に満ちた瞳で、全身であたしを愛してくれた。なのに、今の彼はまるでW知らない幽霊Wでも見ているかのようなのだ。

 は、ハッと思い出す。何度も何度も彼に聞かされた、御伽噺のような自分たちのW運命Wを。

「あ、の。質問しても―――?」
「どうかしました?」
 他人行儀な硬い言葉、崩れない表情。
「貴方のお名前は?」
「セドリック・ディゴリー」

「わ、わぁお…。」

 なんてこった。彼の言ってる事は、正に真実だったなんて。

 幼いセドリックは、この日この時この場所で、絶望に身を滅ぼしたW幽霊のあたしWと会ったのだ。
 乾いていた心が音を立てて潤ってゆく。嫉妬に震えていた彼の求めるW幽霊Wは、本当にあたしだったのだ。

「君は?」
 物を深く考える暇も無く、セドリックがにそう言った。グレイの瞳は、見つめることが出来ない。すぐに視線を少しずらした。
「は、はいっ、えーとと申します。」
 もっともっと彼の声を聞きたい。
「名前を聞いてもいいかな?」
、と、言います…。」
「そう、。」
 彼が、あたしの名前を確認するかのように口の中であたしの名前を転がした。一気に、脳の一番端までW喜びWという感情が伝達される。幸せすぎて胸がいっぱいになって、俯いた。潤んだ瞳を見られたくは無かったから。
「ミス・、よろしく。」
 そのあたしの行動を誤解したのか、努めて紳士的に幼いセドリックは微笑んだ。
 もったいない、心の中で欲望が舌を出す。出来ることなら、歌詞がすべて『』で構成された歌でも彼に歌ってほしいところだ。
「は、はい。よろしくお願いします。」
 幼くても、彼は彼だと思った。向けられた視線は涙が出そうなほど懐かしい。

 すっと手を伸ばして気づく。自分の姿が半透明なことに。
 つい先ほどまで、浮遊している体と同じく、自分の頭もふよふよと浮遊していたに違いない。この異変に気づいていながら、それを自分だと認めていたのだから。半透明な姿に、疑問さえ抱かなかったのだから。

 生きている彼と、死んでいる自分。

 苦しいほどの矛盾を抱え、はすっと俯いた。

「あたし、死んでるんですね。」

 苦しんで苦しんで苦しみぬいて取った、自分の軽はずみな行動に、いまさら後悔しながら。




***




「あたしもよくわかってないんです。ただ、気づいたらここにいて。」
 言っていることに間違いは無かった。実際、どうしてここに居るのかは全くわかっていなかったからだ。
 辿り着く先は、天国だと思っていた。なのに気づけば2年ほど前のホグワーツにいる。しかも、幼い彼と対面しながら。

 闇の魔術に手を染めてでも、古く忘れ去られた魔術に手を出してでも、彼にもう一度会いたいと思った。ヴォルデモートにつく事だけは何があっても絶対に考えられなかったが、それでも、個人で魔法を研究しようかと本気で悩んだほどだ。


 あたしはもう、彼を失って生きてなど、いけないほど彼に堕ちていたのだ。


 呆れたようなセドリックの視線に、じんわりと胸が熱くなる。苦し紛れに指で遊んでいると、セドリックが笑った。
「君、昔からそうだったの?」
 幼いセドリックの言葉に、知らず笑みが零れる。

「多分、せ…」
 どりっく
「んぱいにも、よく言われてましたから。『少し落ち着こうよ』って。」

 彼の前では、素直に言葉を紡ぐことが出来た。肩に力を入れることもせず、睨むように彼を見つめることもせずに、素直に自分を出せた。心地のよい空間だ。

 素直になろうって、何度も思った。
 追いかけようって、あの日悔やんだ。

 あたしが素直になれば、先輩も素直になってくれるのだ。笑顔の向こうに隠された彼の気持ちに怯えずにすんでいたのに。こんな簡単な連鎖にさえ、気づけなかった。

「先輩って恋人?」

 彼の、的は得ているのに、まるで隣の的に当たったかのような質問に、は頬を思いっきり緩めた。
「…世間一般的には、きっとそうだった人です。」
「『だった人』?」
「だってもう、あたしは幽霊じゃないですか。」
 死んじゃったら、どうにもならないですよね。きっと今まで気づきたくなかった本心を呟いた。
「死んだら、天国にいけると、思ってたんだけどなー」
 天国で、セドリック先輩と幸せに暮らすつもりだった。いつものようにじゃれあって、喧嘩して。そして優しく抱きしめられて、また幸せな時間を二人で過ごすはずだった。

 悔しくて、空を見上げた。あそこに、セドリックは居るのだろうかと。
 あたしは、あそこには逝けないのだろうかと。

「もしかして、自殺者?」
「そうです。薬飲んで、どろんって逝きたかったんですが。」
 
「そんな簡単なものじゃないでしょう。」

 セドリックに言われるまで気づかなかった。人の生とは、人の死とは、そんな簡単なものではなかったのだ。どうして気づかなかったんだろう。どうして、あたしは死に急いでしまったんだろう。どうして死ぬ選択をしてしまったんだろう。生きて、生きて生きて、彼の傍に居ればよかった。いつだって、彼はあたしの中にいたのに。あたしが生きてる間は、彼が生きていたのに。

「…そんな、簡単なものじゃなかったんですよね。」

 競技場から運び出された彼を見た瞬間、世界が色を失った。まるでセドリックから手を離してしまったら、自分は何もかも失ってしまうんじゃないかと疑心するほどに強く彼の体を抱きしめていたあの少年を思い出す。今じゃ、セドリック以外はモノクロにさえ見えてくる。あの少年の顔がどんなのだったか、もう思い出すことすら出来ない。

 あんなにも光り輝いていた彼が、こんな風にもう二度と目を開かなくなるなんて、どうして想像出来ただろう。もう二度とあたしの髪を撫でて、優しく抱きしめてくれる腕が亡くなるなんて、誰が想像しただろう。

 強く強く少年に抱きしめられていたセドリックは、最後に両親の元に運んでもらうように頼んだらしい。そう、あたしは絶望した。彼が死ぬ間際に思い浮かべたのは、あたしではなかったのだ。



 うん、うん。と、セドリックの言葉に何度も頷いた。彼は、苦しまずに逝けたのだろうか。今の今まで、やっぱりあたしは自分の事ばかりだった。彼の死を、自分が悲しむことしか出来ていなかった。彼の死を、彼の為に悲しむことさえなかった。いやになる。愛しているといくら叫んだって、これじゃてんで話しにならない。

 彼は、苦しまずに逝けただろうか。
 彼は、自分の信じるままに、生きれただろうか。

 溢れてくる。ここ最近、負の感情しか生み出さなかった心から、暖かくて柔らかい、穏やかな気持ちが。彼を好きだったという、何よりも誇るべき気持ちが。彼の死を、あたしは今ようやく、彼の口から吐かれた言葉によって受け止めれたのかもしれない。

 今までは、彼を追いかけることしか考えてなかった。きっと彼は、あたしを待ってるって。急いで、彼の元まで行かなきゃって。考えたらわかったのに、考えたら、わかったのに。彼が、あたしの死を望むはずなんか無いって事くらい。彼が、あたしの死を喜んで迎え入れてくれるはずが無いって事くらい。

 ざっと物音が聞こえて、慌てて顔を上げた。手を床について、体を持ち上げようとしているセドリックを見て、恐怖に顔が凍る。
「何処に、行くんですか?」
 ようやく、ようやく会えたのに。

 彼の温もりを思い出して、鳥肌が立った。
『僕に、祝福のおまじないをしてくれないかな。』
 照れてる様を悟られるのが恥ずかしかったのか、貴方はあたしの腹部に頬を押し付け、しっかりと巻いた腕を離しはしなかった。あたしはそんな貴方の芯のある髪を撫で、そっと口付けを落としたのだ。

 あの時の、幸福に満ちた時間が、全身を駆け巡る。

「何処に―――」
 震えたあたしの声が尋常じゃなかったのか、セドリックは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐにあたしをなだめる様に微笑んだ。そこには、『セドリック先輩』が確かにそこに居た。
「何処にも行かないよ、大丈夫。少し、座りなおそうとしただけなんだ」
 あたしを落ち着かせるための嘘だと気づいた。だけど、そんな彼の好意を無駄にしたくなくて、そんな彼の気遣いに、いまだにときめいて。真っ赤になった顔でわたわたと誤魔化す。貴方に惚れ直しただなんて、やっぱりまだ恥ずかしい。

「セドリックさんはよくここにいらっしゃるんですか?」
 とにかく話題を変えようと、知ってることを口に出した。聞かなくったって、何度も未来の彼に聞かされていたことだ。
「うん、けっこう。」
「歩いて、ですか?」
「そうだよ、よくわかったね。」
「だって汗かいてますもん」
「ほんと?恥ずかしいな。」
 照れたように、ははっと笑った。のぞく白い歯が爽やか過ぎてむかつく。あぁそうだ、あたしは、あたしたちは、こんな風に愛を整えていったのだ。
「素敵ですよ」
 彼が生きている間、一度だって言ってあげたことなんか無かった台詞だ。いつだって彼が素敵だと知りながらも、そんな事、言えるはずも無かった。

 何十回でも、叫ぶべきだった。


「君はどうしてここに来たの?」
「どうしてでしょう。ここに、思い出があったのかも。」
「こんな辺鄙なところに?」
「こんな辺鄙なところに、です。」
「そりゃまた。奇特なお人なことで。」
「奇特仲間ですね!」
「響きだけだと、危篤仲間、と呼べないことも。」

「…縁起でもない。」
 本気で笑えない。

「あはは、ごめん、もう危篤は過ぎてたね。」
 そりゃあんたも同じだよ!

「うっわぁ!すっごいすっごいすっごい失礼ですよ!」
 いつものペースになって、ついはしゃいでしまった。

「―――…すっごいすっごいすっごい失礼だったかも。」
 落ち込むぐらいなら、言わないで、過去のセドリック先輩!

「あ、や、そんな真剣にならなくても大丈夫ですよ!ほらあたしあのけっこう幽霊楽しんでますし!」

 本当に楽しくて仕方が無い。
 貴方とまたこんな風に話せるなんて。

 例え、この後に待っているのが笑顔のセドリック先輩ではなく、深く暗い奈落の底だったとしても

 あたしは、今この瞬間の幸せを望んだ。

「あはは、幽霊楽しむって。」
「結構楽しいですよ。箒無くても浮けるし、セドリックさんとか羨ましいんじゃないです?」
「何で僕?」
「え、クィディッチする時に、こっちの方が自由に両手使えるじゃないですか。」
 これ以上無いほどのクィディッチ馬鹿なセドリックは、そのせいで幾度と無くがへそを曲げたことを知りながら楽しんでいた。
「…―――僕、君にクィディッチしてるなんて言ったっけ?」
 低い声に、一瞬びくりと震えた。はしゃぎすぎて、言ってはいけない一言を言ってしまったのかと臆病になる。しかし、そんなにセドリックは困ったように笑いかけ、努めて優しく言った。
「ごめん、そんなに怯えないで。」
 そんな言葉、一度だって聞いたことが無かったから、あたしはまた笑ってしまった。
「へへ、実はあたし、ホグワーツの生徒なんですよ。」
「うん、知ってる。」
「へ?なんで?!」
「制服、同じじゃん?」
「あ、そっか!やっだなー頭いいなー」
「あはは、君が間抜けなだけだよ。」
「ひどい!」
「で?」
「で?」
「うん、続き。」
「あ!そっか、もう話の腰を折らないでください!」
「わー、僕もそういう台詞言ってもらえる日が来るとは思わなかった。」
「うっわぁもぉ誰かこの人そこのテラスから突き落として!」
「そうしたら僕も幽霊になれるかな。」
「えっ、じょ、冗談ですよ!何考えてるんですか!!」
「あはは」
「あははじゃないですよ、も、もぉ…」
「うん、じゃあ、続き。」
「あ、はい。だから、セドリックさんの事知ってるんですよね、実は。」
「僕、を?」
「はい、そりゃもう。有名人ですし!」
「なんで?」
「なんで、え、なんでって…。」
 なんでだっけ、たしか。
 彼が出会って間もない頃毎日のようにあたしに言っていた言葉を思い出しす。
「かっこいいし、優しいし、穏やかだし、常に笑顔だし、勉強もスポーツも出来るし、先生にも信頼されてるし、時期監督生とか騒がれてるし、好き嫌い無く何でも食べるし、靴下は長いし、」
「なんか色々要らないの混ざってない?」
「そ、そうですか?」
「っていうかよく知ってるね。僕のファン?」
「へっ…?」

 いやいや、あんたがあたしのおっかけだったんだって!

「あはは冗談だよ。固まらないで。」
「や、あはは、あはー…。」
「で、そういうことを知ってるってことは、もしかして、今のホグワーツの子?」
「…はい。」
「んー…僕と、同級生だったりする?」
「あ、いえ、一つ下になります。」
 今はひとつ上だけど。セドリックの言葉がおかしくて、一人で心の中で笑ってた。そんなあたしに下った天罰。

「うん。そっか。でもホグワーツで死者はここ数十年出てないし、君もしかして、病気療養とかでホグワーツ休校してたりする?」

 そう、今のあたしは、彼にとって死んだ人間。

 一瞬にして、楽しかった気持ちが弾けた。まじまじと見せ付けられたのは、やはり取り残されたのはあたしだという現実。いつだって追いかけてきてくれた彼は、いつだってあたしを置いて去っていく。

「多分あたしは、たった今死んだんだと思います。」

 彼にとっては未来だから、こんな言い方をするしかない。
 あたしは死んだんだ。自分で自分に言い聞かせる。驚くぐらいに震えてきて、一気にあたしは崩れそうになった。
 だけど、そんなあたしなどもう視界に入っていないように、セドリックは勢いよく立ち上がった。驚いて彼を見るが、もう彼はあたしなんか見ていない。

「せ、セドリックさん!?」
「今から君の元に行くよ。何処で薬を飲んだの?」
 彼は大股で階段を駆け下りながら、あたしにも聞こえるぐらいの大きさでそう言った。りりしい横顔は反論することは許さないとでも言いたげだった。だけど、あたしは今からさらに2年たった貴方を相手にしてきた女だ。しかも、反発することは大得意。

「もう手遅れです。なんて言っても、あたしは今、ここにいるんだから。」

 ここにいるんだ。あたしは、死んでここに居る。幽霊として、彼と言葉を交わしている。いまさら彼が生身のあたしのところへ駆けつけたところで、事態はどうにも動きようが無いのだ。もっとも、今から彼があたしの元へ辿り着けるのは、2年も先の話になるけど。

「いいから、何処?」
 彼はもう、死んだあたしなんか目に入っていなかった。生きているあたしを求めて、その瞳は前を向いている。苦しい、悔しい。心臓が強く波打った。生きている自分にこれほど嫉妬する。

 彼と共に居るために、死を選んだ。
 ―――だけど

「セドリックさん、キャラ違う…」
「申し訳ないね、君の理想のセドリックと違って。」
「へ?」
「僕のファンだったんでしょ?」
「え、ええ、まぁ…。ですが、その…」
「うん。だから理想ぶち壊してごめんねって事。」
 今更何を言ってるんだろう。不謹慎にも笑えてきて、は言った。
「あたしは、こっちのセドリックさんも、好きでしたよ。」
「ありがとう。で、何処?」
 あたしにとっては一世一代の大告白にもかかわらず、彼はするりと流した。そんなところばかり2年後と何も変わっていない。あたしは、2年後の彼に自分の気持ちを口に出したことすらないけど。
「どうして、そんなに必死に探そうとしてくれるんですか?まだ、会って一時間もたってない、こんな幽霊のために。」
 正直な疑問だった。あの時のあたしで、あの時の彼ならいざ知らず、なぜ彼は会ってまだ1時間もたってないような幽霊にこんなにも心を傾けているのだろうと、これじゃまるで。

「人を好きになるのに時間が必要なら、僕が用意してくる。」

 これじゃまるで、

「君のことが好きだから、死なせたくなんて無い。」

 あなたの言っていたとおり、W運命Wで繋がっているみたいじゃない。

「だから、死んでるんですってば。」
 心からの言葉に、セドリックは呆れたように息を吐く。
 彼が今、心底望んでいる未来は叶わなかった。あたしはあたしで自分の生を断ってしまったのだから。生きていてとこれほどまでに強く切望する彼の願いを、あたしは聞き入れてあげたかった。でも、もう何もかもが遅い。
「死者と、生者は、住んでるところが―――」
「だから、君を助けに行くんだよ。お願いだから、教えてくれ。」
 真摯な瞳は、この頃からあたしに向けられることが決定していたのだ。グレイの瞳。もう臆する事無く見つめ返すことが出来る。あなたのサラサラの髪に触れ、抱きしめなさいよと不貞腐れた口調で言ってやりたかった。

 彼と共に居るために、死を選んだ。
 彼と共に居るために、生を断ち切った。
 ―――だけど

「セドリックさん」

 貴方と共に居るために、死を選んだ。
 貴方と共に居るために、生を断ち切った。
 貴方と共にもう一度笑うために、この世を手放した。
 ―――だけど

「何」

 ―――だけど、本当は

「あたしのこと、好きですか?」

 もう一度、貴方に逢いたかっただけ。

「信じないなら、何度でも言ってあげるよ。君が信じるまで、何度でも言う。君が好きだ。」

 彼の言葉に、幾度と無く救われてきた。
 何をしても、何をやらかしても、彼だけは呆れずに、貴方だけはあたしの傍に居続けてくれた。いつだって、あたしを待っててくれた。そんなことも忘れてた。貴方があたしを置いていったんだと、自棄になって、失望して、追いかけてぐちゃぐちゃにしてやろうと思ってた。
 あたしは、こんなにも愛されてたのに。

 あなたが望む未来を、一人でだって切り開けたはずなのに。

「あた、しも、セドリックさんのこと、すごく好きです。」
「…あ、りがとう」
 あたしにとっては、2年越しの告白。貴方にとっては、1時間だろうけど。
 あたしが生きてる間に言いたかった。貴方が生きてる間に言ってあげたかった。

 この言葉を言うときにこんなに震えるだなんて、知らなかった。こんなにも心細くて、だけどこれ以上ないほど幸福だと感じれるなんて。

 別れるためのステージを、今、あたし自身が作ろうとしている。
 だけど、それでいいのだと思った。曲げられない運命なのなら、あたしはそれに乗っかってやろうと思った。

 死んだことをこんなに後悔しながら、貴方の笑顔をまた得れたことを喜びながら

 あたしは、今ステージを作り出す。

「信じて、待っててくれますか?」
「え?」
「あたし、頑張ります。頑張るから、信じて待っててくれますか?あたし、好きです。だから、待っててください。必ず、貴方のところに、戻ってきます。」

 必ず、貴方の元へ行くから。

 あたし、貴方の隣で胸を脹れるような、そんな女性になって貴方に会いに行くから。もう、貴方が待っていなくてもいいように、同じ歩調で歩けるような、そんな人になって行くから。
 だから、笑顔で迎えて。

 彼がまたここに通い始めてくれれば、2年前のあたしと彼は出会うことが出来る。貴方が好きな、あたしに会える。たとえそれが別れるための序章であっても、たとえそれが苦しいだけの出会いであっても、あたしは、貴方と共に生きれた時間を絶対に無くしたりなんかしたくないかったから。

「信じて、待ってる。」

 貴方に、もう一度抱きしめられてる気がした。
 ふわりと優しく包み込むセドリックに、涙が止まらない。体の底から、ぽこぽこと優しい光が溢れ出す。



 あぁ、人はこういうのを幸せって呼ぶんだろう。




***




 あたしはその後、真っ暗闇の中で目を覚ました。時計を見る余裕などその時は無かったが、きっと薬を丸呑みして1時間とたっていなかっただろう。全身が痺れて力が入らなかった。鋭い痛みが、肺を突き刺すように疼いている。なんとかベッドの上の杖まで手を伸ばし、応援を呼んだ。そう、生きるためにもがいてみた。

 死ねない。あの人と会って、何度も思った。
 彼が好いてくれた生きていたあたしは、こんなに弱虫じゃなかったはずだ。

 振り返る暇があるならば彼があんなにも求めていた生きていたあたしは、今からもっと強くなるから。
 別れるための出会いが、辛い結果をもたらすだけだったなんて、誰にも言わせないぐらい頑張るから。

 だから、天国に行ってもきっと口も聞いてくれずにあたしを無視し続けたでしょう君、
 もう振り向かない。あたしは、前へ進むから。

 どうか、あたしをそこから照らしていてね。

 最後にどうか、言わせて。




 セドリック、愛してる。





 End



 ごっちゃごちゃしたけど一応終わりました。意味わかるかなーこれ!何が書きたかったのか自分でもよくわかんないとか言うだめ人間エイコ。もう誰に好評じゃなくてもシンがこのセドリック好きだって言ってくれたからもうそれでいいよ。セドリックなんて無謀な挑戦するんじゃ無かったよ本気で。
 3話で共通していっているセドリック像は、ループしてます。1話でヒロインから聞いた自分の姿を2話でセドリックがヒロインに言って、2話でセドリックに言われていた彼の姿を、3話でヒロインがセドリックに言ってます。始まりも終わりも無い、二人の言葉遊びです。

【eiko : 070116】 05. 待ちに待ったのだから > 38. 愛していると君が言う > 18. 振り返る暇があるならば