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 最近、は困りに困っていた。
 その原因は、最近ちょっとホグワーツで有名になってきた彼の言動。

「やぁ、ミス・。今日も相変わらず可愛いね、愛しているよ。」

 ちょっとほんまにどうにかしちょくれ。





 最初はものめずらしい悪戯かと思ったものだ。もしくは嫌がらせ?あの悪戯好きの双子の先輩とは似ても似つかないから、嫌がらせの方が合ってるのかもしれない。うん。絶対嫌がらせだ。そう思っていたのに、最近ではその考えは浅はかだったんじゃないかななんて思い始めてる。

「ねぇ、。あんた本当に何したの…?」
 近頃では、ルームメイトでいて親友のマギーがこれ以上無いほど心配そうに尋ねてくる。マグル育ちとのとは違い、元々魔法使いの家系で、クィディッチの熱狂的なファンの彼女は、セドリック・ディゴリーをいたく好漢と見ていたはずなのに、最近じゃよくわからない変態にまで成り下がっている。うぁあ、セドリック・ディゴリー南無。

「うーん、思い出せど思い出せど、何も出てこない…。掘っても掘っても砂ばかりだよ。」
 ハァ?砂以外に、何が出るって言うのよ?と顔を顰めたマギーに、ここほれワンワンの話をしてやると、『なぁにそのユニークなお話!』と顔をキラキラ輝かせながら他の話をせがまれた。見た目とは裏腹の、この少女趣味め。っていうか、え、今ってそういう話してたんだっけ?
「ともかーく!今はあの人の話題でしょう!あの、名前を出すのも忌々しい!」
「へぇ、君にもそういう存在がいるんだ。是非教えてほしいな。」
「ええそりゃ教えてあげましょっ、―――」
「もしかして、この格好よくて優しくて穏やかで常に笑顔を保っていて、勉強もスポーツも万能にこなし、先生の信頼も厚く時期監督生と噂高い、僕のことかな?」
「よ、よく自分の事をそこまで―――!」
「やぁマギー。こんにちわ」
「こんにちわ、ミスター・セドリック。さっきも隣にいたんですけど、私」
「ごめん、さっきはミス・しか目に入ってなくて。」
「うっわー何この二人!いちゃつくのもいい加減にしてくださいよ!あーあ!馬鹿らしっ!私先に食堂に行ってるから、固まってないであんたもディゴリー先輩と一緒に来なさいよ!」
 薄情にもマギーはそう言い残すと、これ以上二人に当てられては堪らないと、すたすた食堂へ向かってしまった。薄情者ー!と心で叫ぶも、体は一向に動いてくれない。そりゃもう、一ミリたりとも動かない。
 突然現れた少年は、言わずもがなセドリック・ディゴリーだった。ハッフルパフのネクタイを巻きつけた彼は、悪気も無くグリフィンドール塔から食堂のある校舎へ行くための渡り廊下の壁に背を齎せて、二人を待っていた。

「どうしたの?ミス・。固まってる君も可愛いけど、どうせならいつものようにくるくると変わる表情を見せてもらいたいな。」
 首をかしげて、女のあたしでも『あぁもう可愛いなぁ!』とか叫びながら抱きついてしまいそうなほどの笑顔を向けたセドリック・ディゴリーに、はキッと眉を吊り上げて彼の顔を見つめた。戦闘体勢入りました!

「ディゴリー先輩!いつも、いつもいつもいつもいーっつも言ってますが、なんの恨みがあってあたしをかまうんですか!」
 腹のそこから出来る限りの大声を出してはセドリックにそう言った。彼に言い寄られ始めの頃こそ遠慮などと言う言葉もあったが、彼がにちょっかいをかけはじめて既に一つ季節が終わった。その間に、遠慮などと言うものは、『え』の字さえも残らないほどに砕け散った。
 実際、『うらみ』としか取り様が無かったのだ。もしくは間接的ないじめ?何しろ、彼が私に好きだと言い始めてから、あたしは上級生にこれ以上無いほどにひどい手打ちを受けている。もちろん、女生徒に限るんだけど。

「うーん、いつになったら理解してくれるんだろう。僕は本当に、恨みなんか無くって、君を唯好きなだけなんだ。」
 真摯な瞳でそう告げられると、もしかして本当に彼は自分を好いているんじゃないかなんて妄想に旅立ちそうになる。いやいや、落ち着け。軽はずみな判断で人生を決断してはいけないのだ。その先にあるのは、首を天井からくくった自分の姿しかない

「だって、ディゴリー先輩の言ってること全般がおかしいんですもの。いつものように大イカと遊んでいたあたしのところに滑り込みセーフ!よろしく走ってきたかと思うと、いきなり告白して、そ、その、き…キッ……」
「あぁ、キスのこと?」
「事も無げに言わないでください!!あああああたしは、皆と違ってそんな年がら年中ちゅうちゅうしまくる文化の中で育ってないんですから!!」
「それは少し淋しい文化だね。」
「淋しくなんて無いもの!うぁああんマギー戻ってきてよ!!」
 散々言い争いをしても一向にがセドリックに勝てないのは、価値観の違いからだろう。相手は全く持って―――いや、少しはあるかもしれないけど―――悪気などないのだから、それに罪悪感を持てという方がおかしいのかも知れない。
「キスって、初めから唇はさすがに嫌がるかもしれないと臆病になったから、ほっぺにしたじゃないか。」
 心外そうに、少しだけ拗ねた音色を含ませたセドリックの言葉がの耳に届く。
「ほっぺだって無いもの!お父さんとお兄ちゃん以外、ほっぺにちゅうなんて記憶もないもの!!」
「ミス・、可愛いなぁ。」
「うぁああああん!!!マァァァァァギィイイイ!!!!」
「あはは、少し落ち着こうよ。」
 結局こうして、いつもセドリックのペースで戦いは終わる。




***




「ねぇ、マギー。あたしの言葉、きちんと意味わかる?」
 ようやっとこさ食堂に入ってきたは、満身創痍と言う感じだった。その隣で、これ以上無いほど幸せオーラをかもし出していたセドリックを見たマギーは、二人で置いて来るんじゃないかったかと今更ながらに後悔していた。

 の突然の言葉に、マギーは口に頬張っていたくるみパンを噛みながら首を傾げる。
「ふぉうゅうふぉと?(どう言うこと?)」
「あたしは一つの可能性に辿り着いたの。つまりね、ホグワーツの言語機能そのものが異常を来たしていて、あたしが口にしている言葉、耳にしている言葉がみんなの言っている意味とは違うニュアンスを含んだ言葉だとしたら、ほら、あたしとあの人の会話が噛み合ってないのも頷けるじゃない?」
「ふぅーん、ふぁんねんふぁけど、んっ、もぐもぐ、残念だけど、あんた私とは正常に会話できてるじゃない?」
「うっ…。そ、そうか。」
「それに、ダンブルドアが校長の限り、ソレは無いって。」
 あはは、と笑い出すマギーを涙を浮かべた瞳でにらみ返すと、マギーは慌てて表情を取り繕って、真面目な顔でに語りかける。
「でもほら、あんただってさ、どっかのぶっさいくで馬鹿であほでデブで頭の悪い―――そうそう、2年生のクラット?クラップ?みたいなやつに攻め寄られて無いだけましじゃない。」
「うっ、」
「しかも相手は女の子なら絶対ときめく王子様キャラだよ?笑顔は素敵だし髪の毛はサラサラだし長身だし運動神経は良いし頭も良いし、―――うっわぁ、あんた、相当贅沢者じゃない…。」
「そっ、ソレは思うよ、贅沢なこと言ってるって。で、でも、なんか違うんだもん…。」
「何が?」
「だって、あたしが漠然と思い描いてた恋愛って、こういうのじゃないんだもん。」
「どういうのだったの?」
 呆れた風でもなく聞いてくれるマギーに、はほっとする。こういうところ大好きだなぁとか思った矢先に、彼女が面倒くさそうにパンをいじっているのを見て、ゴツンとゲンコツを落とす。真面目に聞いてよ!
「んーなんか、衝撃の出会いとかあって」
「衝撃の出会いしたじゃない。大イカと遊んでるあんたのところに滑り込みセーフ」
「一言二言言葉を交わしていく内に、どんどん惹かれ合って」
「間違いなく、ディゴリー先輩は引かれてるわね。」
「二人には運命があるんだって感じて」
「ディゴリー先輩がよく言ってるんでしょ?あんたと自分は運命で結ばれてるんだって」
「変態じゃなくて。」
「あーそれは否定できないわ。」
「なんか途中でライバルとか出てきて」
「あぁもう発展した後の話?ソレ」
「とーにーかーくー!何もかもが違うの!」
「あんまり違うところ無かったように思えるんだけど―――…」
 マギーはくるみパンのくるみだけをほじくって、の口の中に投げ入れた。はもぐもぐとソレを噛み砕く間、静かにマギーの話を聞いていなければいけない。
「ディゴリー先輩は、ソレはソレは努力していると思う。元々私が彼のプレーのファンだったからじゃないよ?本当にそう思うもん。あんたを怖がらせないように絶対に触れてこないし、私がいない時は話しかけてこないでしょ?信じてあげる要素はいくつもあると思う。怖がって不信がって、見ようとしてないのはだよ。」
 鋭い一言を頂戴し、はしゅんとしぼんでしまった。項垂れ、目だけでマギーを見つめれば、彼女は今回ばかりは駄目だという風に首を振る。
「いつも私が甘やかしてたツケが回ってきたのね。、あんたは少し恋に臆病。恋なんて何処にでも転がってるし、拾った人間が投げてきたらそれを試しに受け取ってみるのも、一つの恋だと思う。いやだったら捨てたら良いじゃない。またどっかにコロコロ転がってるんだし。」

 マギーの言う『恋』とあたしの感じてる『恋』は、もしかしたら全然別物なのかもしれない。あたしは『恋』をそんな風に感じ取れないし、父や母のようにお互い初めて付き合った人間と長年寄り添い、結婚、なんていう古風な感じに少し憧れてる。

 でも、マギーが、恋が実ったと大はしゃぎして、本当に嬉しそうに微笑む時の表情を知ってる。彼とうまくいかないと、地球が滅亡しそうなほど憂鬱な空気を作り上げる彼女を知っている。彼と別れちゃったって、笑ってないと自分が保てないような下手な作り笑いで、延々と泣き続けた日も知っている。
 そういう時のマギーは、何よりも輝いてるって、思う。

「で、でもね、でもね!あたしだって。あの人が本当に普通の告白してきたんなら、試しに受け取ってみてもいいよ!?で、でも、違うじゃんか!」
 マギーの恋愛も、すごく面白そうだし、すごく素敵だってそう思う。出来れば彼女みたいな恋の仕方をしたいけど、マギーとあたしは別物で、絶対に同じものにはなれない。
「あー、例の、『運命』?」
「大体、信じられる!?あの話を、信じろって言うの!?」
「確かに、あんまり信憑性は無いかもね」
「無いも無いも無いよ!魔法使いのマギーが思うぐらい無いなら、マグル育ちのあたしが一ミリたりともその『運命』とやらを受け入れられなくても、不思議じゃないでしょ!?」
「ディゴリー先輩の存在も知らなかったが幽霊になって彼の前に現れて、信じて待っててと言い残して消えて、ソレを信じて毎日あしげなく通っていた先輩の前に、その幽霊より少し幼いけど確実にその幽霊だったが現れた。―――かぁ。どっかの御伽噺みたいね。」
「どう妥協しても、あの人の見た夢でしょ…?なんで夢にあたしが出来たのかわからないけど。それかさ、ほら。夢で見た幽霊とあたしが少しばかり似てて、それでああいう珍しい出会いをしたあたしにその幽霊を重ねちゃった、とか。」
「そうだとしても、それはそれでいいんじゃない?あんたに恋してるのは確実なんだし。」
 マギーの言葉に、は信じられないという風にテーブルに手を付いて立ち上がった。
「違うよ!」
 の荒々しい声を聞いて、マギーは驚きに目を見開く。今まで、こんな風に怒りの感情を剥き出しにしたを、見たことが無かったからだ。
 一歩も譲らない。そんなの感情さえ垣間見れるほど、その声は頑としたものだった。

「あの人は、あたしに恋してるんじゃないよ。あの人は、幽霊に恋してるんだよ。」




***




 意地を張り続けて、2年がたった。

 2年もたてば、セドリックもの事を諦めるだろう。そう思っていた。とマギーのみならず、ホグワーツの生徒のほぼ半数近くがそう信じて疑わなかった。
 なのにどういうことだろう。セドリックは、彼女を諦めるどころか彼女を知るたびに惹かれていった。あんな好青年に一途に思われ続けて、傾かない少女も珍しいだろう。はその珍しい少女ではなかったが、彼の好意を素直に受け入れられるほど素直な少女でもなかった。
 ゲームのような恋愛は、他の生徒たちを和ませた。セドリックはこの2年間、決してを急かそうとはしなかったし、その事についてに文句を言うことも無かった。ただ大切に慈しむかのように、を待ち続けた。

 暖かく、くすぐったくて、とても楽しい時間だった。
 確かに好きだという気持ちがあるのに、それを素直に見せるのが恥ずかしいは、触れることさえ出来ないような、甘酸っぱい恋を楽しんだ。そんなを愛しみながら、セドリックは彼女の傍に居続けた。


 セドリックに確かな気持ちを注がれながらも、はどうしても彼のことを芯まで信じることが出来なかった。意地を張り続けた、一番の要因だ。

 彼は結局、あの幽霊のことを好きになったのだと、は信じていた。そして、ちょうどその幽霊に似た自分が現れたから、運命のような奇跡を感じ、自分に近づいてきたのだろうと、そう思う。

 マギーは言った。それでもいいじゃないって。
 出会いの仕方なんて十人十色、最低な出会いも最高の出会いも、結局はその後の二人の問題でしょ?なんて恋愛上級者は言う。さすがに、彼を知って2年もたてば、彼が今本当に自分を愛してくれていることぐらいわかった。くすぐったいような、心の底から温まるような気持ちを感じる。彼を信じようと思う。だけど、信じた先の闇が怖い。

 幽霊の身代わりなんて、真っ平ごめんだと、は思う。
 そう思う反面、彼のそばに居れるのなら、2番目だって3番目だっていいとさえ思えてくる。

 相反する二つの感情を素直に自分の中で整理できるほど、は器用に育ってはいなかった。そんな微妙な気持ちをぶつけても、セドリックはただ微笑んでの言葉を聞くだけで、それもさらにを不安にさせる。

 我侭に我侭になっていく自分を意識しながらも、はどうしようも出来なかった。

 彼のことが好きなのに信じれなくて、彼のことが好きだから信じれなくて。
 一番応援してあげなきゃいけない時期だったのに。一番傍にいてあげなきゃいけない時期だったのに。

 セドリックの傍に居ることを躊躇した。
 幽霊の身代わりの自分じゃ、あの席はまだ遠すぎると。
 まだ、あと数年たって、せめて自分で自分が誇れるぐらいに成長して。
 貴方の隣で胸を脹れるぐらい大人になって。

 そうしたら、貴方の隣に立てると思った。
 貴方が似合うと言ってくれた、濃いワインレッドのドレスを着て。
 タキシード姿に身を包んだ貴方の隣で、これ以上ないほど優美に微笑んで。


 命をかける死闘の中、あたしは項垂れる彼にかける言葉も見つからなくて。
 大丈夫だよと彼の肩を叩くダニエルに深く深く嫉妬して
 また、意地を張って、また、自分に負けて、

 彼の隣に立つ自分とよく似た顔立ちのチャイニーズガール。
 その席から見る彼の横顔は、どうですか?

 悔しくて、赤いドレスは着れなかった。

 意地を張ってもいつまでも追いかけてきてくれると思ってた。貴方が、今どれだけ大変なのか知ってるはずなのに。わかってたはずなのに。

 小さな小さな、意地だった。
 小さな小さな、劣等感だった。

 そんなもの、すべて捨てて、貴方の胸に飛び込んでいくだけの勇気を、もうあたしは持っていたはずなのに。
 そんなもの、すべて打ち消せるぐらいの愛情を、貴方に抱いていたはずなのに。

 どこまでも追いかけ続けてきてくれると思っていた、貴方のグレイの瞳は、今は隣のチャイニーズガール。




***




「ミス・
 真っ青のドレスローブに身を包んでいたは、寒さの為にほわほわと肌心地がよいダウンを羽織っていた。月の光が明るい、ホグワーツの噴水に腰をかけ、水しぶきの踊りに心を癒してもらっていたときだった。

 ホグワーツのホールからは、ホグワーツの生徒だけではなく、他の2校の生徒の笑い声も聞こえてくる。はその、賑やかなホールに耐えれなくなってここに逃げてきたのだ。

 彼の姿を見たくなかったから。


 は全身が氷で出来たかのように固まった。
 小さく息を吐いて、振り返る。想像通りの彼が居る。期待に胸を躍らせていることを察されたくなくて、は静かに彼を見上げた。もう二度と見つめることは出来ないと思っていた、彼のグレイの瞳。

「セドリック先輩?大丈夫なんですか、こんなところに居て。」
 3校代表の4人のうちの一人だ。一介の生徒の自分なんかとは違い、それこそあの場を離れることは難しかっただろう。それなのに、彼は今笑顔を向けてこちらを見ている。

 もしかして、という願いにも似た思いが、を埋め尽くす。

「うん、ミス・が見えたから。」
 首を傾げて微笑んだ。出会った当初から変わらない、可愛らしい笑顔だ。
「寒くない?」
 そう言いながら、自分のジャケットをの膝にかけた。は、慌ててそれを押し返す。
「大丈夫です、寒くないです。」
「怒ってる?」
「怒っても、ないです。」
「そっか。」
「はい。」
「じゃあ、」
 彼が踵を返そうと、ホールのほうを見つめた。は愕然とする。え、これでお終い?会話は、これで全部お終い?

 今日の事も、昨日のことも、その前のことも、明日のことも、何も話さずに、このまま何もかもお終い?

 は、今まで耐えていた恐怖が一斉に襲ってきたかのように青ざめた。
 そうなのだ、彼とあたしは、最初から、

 ただの先輩と後輩でしかなかったのだ。

 始まってもいなければ、終わるはずも無い。
 それを拒否し続けてきたあたしが、悲しむなんて、おかし過ぎる。


 は声にならなくて、唇をかみ締めた。ドライアイスのように冷え切った指を、ぎゅっと握り締める。彼がこの場を立ち去るまで、どうか涙は堪えていよう。そう思う。今ここで流したら、とても卑怯だと思った。とても醜いと思った。


 彼は、一度もを振り返らずに、ホールへと戻っていった。

 期待に膨らんでいた胸が、パンッと弾けた。声を上げて泣きたい気持ちに駆られて、勢いよく立ち上がる。期待していた自分が恥ずかしくて愚かで汚くて、今すぐに溶けてしまいたい。この夜の深い闇に。

 彼が声をかけてくれた瞬間、心臓が歌い出すんじゃないかって思うぐらい、喜んだのだ。歓喜に震えたのだ。また彼があたしの名前を呼んでくれた事に。
 優しく抱きしめてくれると思った。思えば一度だって触れたことが無い彼の体温が、堪らなく愛しくなる。寒さと、絶望に震えて空っぽのあたしの体を、彼の愛で満たしてくれると思った。苦しいぐらいに抱きしめてくれて、甘い言葉をくれるのだと、そう思っていた。

 恥ずかしい、そして、見っとも無い。

 あたしは何処まで行っても、甘えん坊の赤ん坊だったのだ。いつだって、自分の事で精一杯で、自分のことしか考えれなくて、自分に都合のいい方向にしか持って行けなくて。

 世界中の闇をかき集めたような絶望の淵に立たされて、ようやくわかった。
 幽霊なんて、身代わりなんて、関係ない。全身全霊をかけて、

 あなたがこんなにもいとしい。




***




 大イカは、クリスマスイブだって一人だ。
 は、走ってきたせいで乱れている呼吸を整えながら、水面に浮かぶまん丸の月を眺めた。なぜか自分と親しく付き合ってくれる大イカは、今はもう静寂という夜の中に浸かっているらしい。

 は、そっとしゃがみこむ。水浴びでもして、頭を冷やそうと、そう思っていた。
 一度綺麗に体を洗って、体の中の汚いものを全部出し切って、そして生まれ変わろう。そんな風に思った。今度は、あたしが追いかけようって。

 そう思ったら、とんでもなく気持ちがすっきりしてきた。彼に謝って、好きだといって、嫌がられたって何処までも追いかけていこう。そして、彼の隣で赤いドレスが着れる日を待ち続けるのだ。

 は、足首にまで巻かれていたヒールのリボンを解き始める。このままの姿勢で水面に落ちてしまえば、あたしはきっと死ぬんだろうななんて思いながら。

!」

 聴きなれない言葉が聞き慣れた声によって紡がれた。
 いきなり肩を掴まれて、力いっぱい引き寄せられる。荒い呼吸を繰り返す男の胸はひどく熱くて、冷たい空気に慣れきっていた肌にはどこか新鮮だった。

「きっ・・・みは、なんて馬鹿なことばかり!」

 浅い呼吸を繰り返しながら、強張った男の指はの頬を持ち上げた。しっかりとを掴んで離さない。驚きに見開いたの瞳と、グレイの瞳が重なる。

「普通、あの後僕のところに泣きついて謝りに来るもんじゃないのかな?ごめんなさいって、好きだって、震えながら言いに来るもんじゃないわけ?それなのに、君ときたら、いつまでたってもホールに戻ってこない。グリフィンドールにも戻ってない。僕がどれだけ探したか、わかってる?もう手遅れなんじゃないかって、あんな絶望を感じたのは生まれて初めてだったのに、なのに肝心の君は冬のこの時期に、入水自殺?ふざけるな!」

 怒りに震えるセドリックを見るのは初めてだった。
 燃えるように熱い彼の手は、をしっかりと繋ぎ止めていた。この世に。

 彼のグレイの瞳を、もう一度見たいと思ってた。
 もう一度、彼の傍に居たいと思ってた。

 彼に、名前を呼ばれたいと思ってた。

「ごめ、なさいっ…」

 愛していると君が言う声が、とてつもなくほしかった。

 言葉なんか出てこなくて、かろうじで音だけを舌に乗せた。
 彼はそれに満足なんかしないとでもいう風に、強く強くを抱きしめる。彼の体の震えは、寒さのせいだけじゃないだろう。

「どうして、普通の行動をしてくれないの?2年間も僕を待たせただけでも十分なのに。どこまで僕を振り回せば気がすむの。素直に謝りに来れば、これ以上ないほど幸せに愛してあげたのに。グリフィンドールで泣き埋もれてるなら、優しく抱きしめに行ってあげたのに。どうして、君はいつも僕の予想に反する行動をするんだ。」

 セドリックの力強い抱擁を受けながら、はおったまげる。何、あのまま泣き寝入るか、謝るかしてたらよかったの?あんなに悩んだのに、あんなに悲しんだのに、彼は最初からまだ追いかけ続けてくれる気でいたの?あたしの決死の覚悟は?震えながら踏み出した一歩は、全部無駄?

 悔しい、そう思う気持ちとは全く逆の方向に向かって矢印が伸びていく。苦しくて嬉しくて、彼の体温が心地よかった。今なら死んだっていいって思えるぐらい幸せだった。

 悩んだことは無駄じゃない。踏み出した一歩は無駄じゃない。
 全部全部貴方の傍に居る自信になる。


 彼の震えも、彼の声も、彼のぬくもりも、全部あたしが手に入れた。もう離さない。


 彼の大きな大きな背中を抱き返しながら、降り始めた雪にそう誓った。





 End



 うん。続き物!そして長かった!(文章も待たせてる期間も)やーなにこれ、まとまんない!笑 正直ここまで細かく書くつもりは無かったのになぁ。何でここまでいっちゃったんかなぁ。あれだ、セドがチャンとダンパに行ったりするからごっちゃごっちゃになっちゃうんだ。4巻なんか読み返してないもんねー!もうほぼうろ覚えだもんねー!(コラ)手がじんじん痺れるよぉおおう、おぉうぉおう。(小指の付け根めっちゃ切ったやつ)
 あと一話!

【eiko : 070112】 05. 待ちに待ったのだから > 38. 愛していると君が言う > 18. 振り返る暇があるならば