君を見ていた



はぁ はぁ はぁ

 あたしはいつもより足を開き、背筋を曲げ、髪を振り乱しながら駆けていた。
 いつもより、50秒遅れてしまった。小脇に抱えたレポートが落ちそうになり、慌てて体制を整える。その間も、前へ前へと繰り出す足を止めることはない。
 前のめりになった体は、体よりも気持ちの方が前へ行っている所為だろう。腕時計をちらりと確認し、目的の場所までを思い描いて舌打ちする。

 あと10メートル、8、5、2、ついた。

 目的地へ付くと、乱れた息を整えるために何度も何度も大きく息を吸う。伸ばした首から、汗が滴り落ちる。
 ぎゅっと一度強く目を瞑ると、あたしは塀から身を乗り出し中庭を見つめた。3階のここからは、グリフィンドール生徒が次の飛行術の為にグラウンドへ移動する姿がよく見える。

 いない、いないいない。もう来てもいい頃なのに。もしかして、もう行った後?

 ぞくりと、首の後ろに大きなブラックホールでも憑いたかのように震えが来た。たかが一人の人間の為に、こんなにも強いショックを受けれるということを、あたしはこの年まで知らずにのうのうと生きていた。生きる上で必要な感情だとは思っていたが、それがどれほど強く、醜く、そしてきれいなモノかを知らなかった。こんなにも、自分を独占してしまう感情があることなど知らずに生きていた。

 あまり良くない目を見開き、血眼になって彼の後姿を捜した。毎週この時間のこの時が、にとっては何よりもの贅沢な一時だった。この時間の為に一週間は過ぎていく。今日、眠りの淵から這い出したあたしは、ぼんやりと目を開けた瞬間にこの瞬間のことを想像して目が覚めた。授業中はこの事ばかりが気になってぜんぜん実に入らなくて、先生に何度も注意された。この時が過ぎれば、また来週のこの時を楽しみに生きていく。大げさに聞こえるかもしれないが、本当に最近のの生活はこんな感じだった。なによりも、"彼"があたしの心を占めていた。

 いた。

 笑い声と共に、の立っている塔のアーケードを潜り抜けてきたのは、が何よりも望んでいた後姿だった。ドキドキドキと心臓が早鐘を打つように鳴る。おさまらなくていいよ、微笑んでもいいよ。周りに誰もいないことを知っていたは、恋を楽しむ自分を許していた。

 振り向いてなんて、見上げてなんて、声をかけてなんて、

 何度も何十回も祈った。願った。叶った事の無い祈りは、彼との距離が縮まらない限りどうにもならないだろう。はソレを承知しながら、この位置に甘んじていた。今はまだ、このままでいい。見つめるだけの、恋でいい。


 風が吹いた。秋の遊び心だったのかもしれない。彼の髪が風に靡き、木の葉が一枚ヒラリと舞った。彼はソレを目で追い、ぐるりと視線を上げた。
 木の葉を追う真剣な眼差しに、あたしの姿は入らなかっただろう。この距離で、彼が名前も知らないあたしを見つけられるはずもないだろう。
 笑いながら仲間たちの元へと戻っていく、彼の臙脂と黄色のマフラーを見つめながら、あたしは膝の力が抜け、ずずずと腰が下がっていくのを感じた。

 ずぶり、と
 恋に埋もれていく感覚。


 この距離に満足できなくなったのは、いつからだろう。





【eiko:06'12'10】 あ、なんか続き書けそうだよね、これ。シリウス一言も話してない小説…。